[18代目スタッフ意気込み!!] 新曲統括 兼 曲班長 るな

新曲統括を務めることになりました、るなです。そして同時に、今年からスタッフとしても活動していくことになりました。本来なら「お祭り担当」とか「運営の仕事」もあるのだろうけれど、しばらくは何より新曲を完成させることに全力を注ぐつもりです。今日は、その決意と、自分がどうしてここまでよさこいにのめり込んだのか、その原点みたいなものを、拙い文章ながら書き残しておこうと思います。 

文章は上手くない(さらに校正もしてない)ですが、気が向いたら読んでもらえると嬉しいです。 

まず最初に断っておくと、僕は執行代の中で「一番踊りが固い」と自信を持って言える人間です。 
本当にロボットダンスみたいにカクカクしていて、まったくしなやかさがない。高校の体育で唯一苦痛だったのがダンスで、創作ダンスの授業なんて「小道具使っていいよ」と体育教師から言われた瞬間にテニスラケットを振り回して、「これが僕流のダンスです!」って言い張って課題を乗り切ったくらい、ダンスとは縁遠い人間でした(同じ班だった人、本当にごめんなさい)。 

そもそも僕は北海道・札幌の出身で、毎年6月になると街はよさこいソーラン祭り一色になります。でも、正直なところ子どもの頃の僕にとって、よさこいは近づきたくない世界でした。音はうるさいし、衣装は怖いし(ヤンキーみたい)、踊り子は地下鉄を占領している印象があってマナーも悪そうで、「何が楽しいのか全然わからん」という感じ。それでも妹が幼稚園だかで出演したときだけは応援に行った記憶がありますが、興味は全くありませんでした。 

そんな僕が大学に入って、よりによってダンスサークルに入るなんて、人生とは本当に不思議なものです。 

大学でサークルを探していたとき、「せっかく大学生になったんだから新しいことをしよう」と思ったことがすべての始まりでした。大学生といえば、髪を染めて、軽音やダンスサークルで友達を作って、恋をして、飲み会に行く…そんなイメージがあったので、斬桐舞もきっと華やかで陽キャが集まる場所なんだろうな、なんて思っていました。 

でも実際に入ってみると、イメージとは違って、驚くほど居心地がよかった。とはいえ、僕自身は根っからの陰キャで、高校時代はパソコンが唯一の友達。休み時間は持参したノートPCでずっと寿司打をやっているタイプで、人とどう関わっていいかわからなかった。 

さらに、まさかの男女比2:14。同性ともまともに話せないのに、女子と話したら「変に誤解されたらどうしよう」みたいな思考回路が働いてしまって、敬語で話すか、沈黙するか――そのどちらか。せっかく入ったサークルなのに、このままだと孤独に下手な踊りを踊るヤバいやつになってしまいそうで、本当に怖かった。 

そんな僕を変えたのは、一年の秋に参加した「神栖舞っちゃげ祭り」でした。 (ここから文章に熱が入って、なぜか、だ・である調と、敬体がごっちゃになってますが許してください)

舞っちゃげのファイナル演舞を見たとき、胸を焼かれるような衝撃があった。 といっても、別に最初から「ファイナルを見よう!」と意気込んでいたわけではない。次に総踊りが控えていて、その場を離れられなかったから、いわば見ざるを得なかっただけだ。それでも、目の前で繰り広げられた演舞は、否応なく自分の心を掴んだ。 

ただし、それは「よさこいってすごい!」という純粋な感動ではなく、もっと原始的で本能的な、競争心に火がついたような感覚だった。 

僕はもともとテニス部で、勝負ごとが好きなタイプです。「優勝して気持ちよくなりたい」という欲求が普通の人より強いとおもいます。だからこそ、目の前で大賞演舞が披露されているのを見て、「自分もあの場所に立ちたい」と強烈に思った。 

斬桐舞が大賞を取り、周りから「強くなったね」と言われ、知名度が上がり、メンバーが増えて、また結果を残して…そんな未来を考えたら、夜が眠れなくなるほどワクワクしました。 

でも、もちろん現実は残酷です。 僕は踊りが下手で、ラケット競技以外の運動神経もセンスもない。 

だから大賞を目指すなんて滑稽に見えるかもしれない。そう思って、11月から1月の中期くらいまで、一の矢宿舎の駐車場で毎日踊り続けました。帰省中は家で踊ったものの、階下から苦情が来て即終了。そして、どれだけ努力しても全然上達しない自分がいて、正直、落ち込んでました。

そんなとき人生の方向性を決める転機が突然訪れたと思います。

世界が広がった瞬間は2月頃だったと記憶してます。YouTube のおすすめにふと天嵩の曲が出てきました。 
その時の僕は、勉強中によく音楽を流す習性があって、特に日本製のゲームが好きだった影響で、和風のゲーム音楽を集めて聞いていたところでした。和太鼓や篠笛が入った和風バトル曲みたいなものが集中力にも刺さっていて、ちょうど新しいプレイリストを探していた頃でもあった。 

だから天嵩(っていうよさこいチーム)の曲を見つけたときも、最初は完全に「新しい和風ゲームサントラかな?」くらいの軽い気持ちで再生した。よさこいの曲だとは夢にも思っていなかったし、タイトルの漢字の読み方すらわからなかった。それなのに聞けば聞くほど、妙に自分の中に引っかかって気になってくる。 

そこから「他にも似た雰囲気の曲はないかな?」と関連動画を漁っていくうちに、常笑・天狗ぅ・華舞龍など、全国のチームの音源が次々とおすすめに出てきて、気づけば片っ端から聞き込むようになっていた。 和風ゲーム音楽を探していただけのはずが、いつの間にか“よさこい音源コレクター”みたいになっていて、自分でも驚くほど自然に、この世界に引き込まれていった。 

気づけば、興味が音楽から振りとか演出とかに移っていった。
ただ、観察力がなさすぎて画面越しでは何が起きているのかまったく理解できない(特にF移動とかね)。そこで思い切って、埼玉の強豪「若欅」に修行に行くことにした。 往復5時間。社会人チームの中に飛び込み、代表から直接話を聞き、振りの作り方、フォーメーションの意味、作品の構造…使えるかどうかもわからない知識を、とにかく大量にインプットした。 

彩夏祭に出させてもらったとき、客席から見える景色も、演者として立つ緊張も、全部が新鮮で、自分の中の「よさこい観」が大きく書き換えられました。 

気がついたら、RimWorld(っていう超はまってたゲーム)のプレイ時間は勝手に削られ、毎日5時間よさこい動画を見る生活になっていた。 このブログを書いている今も、不退転(水戸藩2024–2025)が流れています。 

「インプットの次は、アウトプットの番だ 」
ここまでで得たものは、技術でも才能でも、もちろん踊りの上手さでもありません。 
でも「学び続けた時間」と「自分なりの視点」だけは確かにある。 

だからこそ、新曲代表としての今年は、今までの斬桐舞のどの作品よりも、かっこよく、美しく、心を震わせる演舞を目指したい。 
そしてできれば、賞に手が届くような作品にしたい。 
(これはあくまで僕の個人的な願いで、誰かに強制するつもりは一切ありません。) 

常笑だって、最初はどまつりの小さなチームだった。でも「賞を取ろう」と本気で目指した人がいて、その熱に心を動かされた人が増えたことで、今の強さがあると某常笑のサポーターから聞きました。 斬桐舞も、いつかそうなれるはずだと信じています。 

とはいえ、この賞を目指したい気持ちがサークルの公式方針と必ずしも一致するわけではない。だからこそ、暴走しないよう自制心を持ちながら、できる範囲で最善を尽くします。 

ここからは決意表明なのですが、新曲が完成したら、スタッフとしての仕事も本格的に始まります。 

演舞の魅力を最大限に引き出すために、 
・お祭りの下見 
・ステージの大きさの確認 
・導線や移動方法の把握
 ・当日のスケジュール管理 
など、細かい部分を徹底的に整えようと思います。(自分が倒れない程度で)

作品がどれだけ良くても、「踊る環境」が悪ければ本領は発揮できない。 だからこそ、舞台の幅、階段、照明の角度、隊列の入り方、退出の導線…細かいところまで全部確認し、みんなが最高の状態で踊れる準備をしたいです。

そのためには、演者のみんなの協力も必要です。 無理のない範囲でいいので、一緒に最高の一年を作っていけたら嬉しいです。 

最後に、踊りが苦手だった自分が、よさこいの音楽に出会い、動画を見漁り、遠征して学び、気づけば新曲代表になっている。 人生はどこでどう転ぶかわからないものですね。

でも、確かに言えることが一つあります。 

僕は、斬桐舞で最高の作品を作りたい。 
そして、みんなで最高の景色を見たい。 

その気持ちだけは、誰よりも強く持っています。 

これからどうぞよろしくお願いします。暴走したら誰か止めてください。

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